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藤目節夫のブログ

まちづくりに関することが多いですが、それ以外にも、徒然に思うことを書きます。

右なら左、左なら右

その他

 現代は情報化社会、それも高度情報化社会だそうである。情報化社会というからには、さぞかしありとあらゆる情報があると期待するのは当然であり、それにこたえてこそ真の情報化社会である。ところがあに図らんや、一方の側の情報意見だけが流され、反対側のそれはあまり聞くことができない。

 斯く言う証拠を例を挙げて示そう。今治市の織田が浜埋め立て反対運動は格好の事例である。塾を経営する一老人の反対から始まったこの運動は、ある大新聞がセンセーショナルに取り上げたこともあり、瞬く間に多くの今治市民を巻き込む運動に発展し、埋め立て反対署名は住民のかなりの数に上ったという。

 この運動に関するマスコミの報道は、反対側住民の意見、この住民と市長・行政側との葛藤の様子に終始し、その論調は常に市長・行政に批判的であった。奇妙なことに、市長・行政を弁護する報道や一般市民の声を私は全く見聞きすることができなかった。

 私が奇妙なと言うのには訳がある。いかなる市長であれ必ず次の選挙の洗礼を受ける。今治市長も例外ではない。さすれば、多数の市民の反対のある埋め立てを断行するのは次の選挙にプラスにならない。それを承知であえて埋め立て計画を実行するのは、今治市の将来にとりこの計画がぜひとも必要だ、という強い信念があるからではないかと考える人がいてもよいと思うが、私の知る限りそのような情報は皆無であった。

 念のため断っておくが、私は今治市長と縁もゆかりもなく、また同市長が強い信念をもっているか否かも承知せぬ。ただ、そう考える人がいても不思議でないと言っているのである。 くどいようだが再度断っておくと、織田が浜の埋め立ての是非をここで論じているのではない。

 私は一方の側からの意見や情報のみが流される社会は不健全な社会だと思う者である。 戦時中がそうであった。戦争を賛美したり軍部を称える意見や情報のみが喧伝され、戦争の否定者は国賊・非国民と罵られた。従って戦争否定の意見は皆無であった。この当時殺人は正義であって、その数の多さにより勲章まで授けられた。殺人を否定する意見はこれまたなかったのである。

 現代は平和の時代である。従って戦争反対が正論であると信じている。しかし、これとて先の戦争で日本が勝ち、軍部が依然として力をもっていたらどうなっていたか解らぬ。依然として軍部を賛美し、戦争を否定しないであろうと思うのである。衆寡敵せずである。正義は正しいものの側にあるとお思いであろうがそうではない。正義は常に多数の側にある。数による正義は真の正義ではない、うろんな正義である。

 現代はマスコミの時代である。マスコミの意見が国民世論を形成する。マスコミ民主主義と言われる所以である。その肝心のマスコミの意見は何に従うか、自らの信念や事実(ファクト)に従うと思いたいが、必ずしもそうではない。国民の多数を顧客にしている宿命上、国民大衆の気に入らない意見を主張できない。そこで国民に迎合した倒錯した意見となるのである。

 この推考に理があるとすれば、マスコミがはたまた大多数が右だと言えば左、左だと言えば右と考える思考法には、一定の合理が保証されると言ってよいのではないか。私は独創的存在でありたいと願いその能力に欠ける者である。しかし悲しいかな、研究者という仕事は情け容赦なく独創性を要求してくる。これにどう対応するか、ある日苦肉の策として思いついたのが「右なら左、左なら右」の思考法である。

 この思考法は、独創的たらんとしてなれない凡庸な人間の無駄な抵抗であることは十分承知している。しかし好都合なことに、この思考法で自己の内心において論理矛盾を感じたことはあまりない。小生の鈍感さと独善性によるのであろうか。

独善毒語これにておしまい。

愛媛新聞・四季録、昭和62年3月31日、一部修正加筆)

 

跋語

 愛媛新聞から半年間の「四季録」の執筆を依頼された時に、最終回はこれでいこうと決めていたテーマである。30年近く経過して読んでみても、主張、論理構成で根本的に改める必要性はあまり感じなかった。社会の状況もドラスチックな変化はなく、マスコミ民主主義は依然として闊歩していると言わざるをえない。意見が売買され、それも何百万という読者を持てば、世に阿る意見が跋扈するのは致し方ないことなのか。この意味で、近年のSNSの発達はブレークスルーになる可能性を秘めているが、個人的にはそこまで期待できないような気がしている。何故か? それは、SNSの普及だけでは個人が自己で考え判断する主体性は担保されないと思うからである。

 最後の「独善独語これにておしまい」は、四季録の最後の執筆であり、その内容が独善的で毒を含んだものであることを承知していたからである。